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003 しぼんだ覚悟

last update Last Updated: 2025-04-02 19:02:26

「それで? 俺はいつまでお前に付き合えばいいんだ?」

「海」

「はい?」

「う・み。折角自己紹介したんだから、ちゃんと名前で呼んでよね」

 アイスティーを飲み干し、海がにっこりと笑った。

「分かったよ。それでその……海。俺はいつまでここにいればいいんだ」

「別に。好きにしていいよ」

「そうかよ」

 大地はため息を吐くとレシートを取った。

「おごってくれるの?」

「じゃあ払うか?」

「いいえ。こういう時は男を立てるって決めてるから」

「理解ある女を演じてるんじゃねえよ」

「あ、でもその前にひとつ、聞いていい?」

「まだ何かあるのかよ」

「大地はどうして死のうと思ったの?」

 世間話をするような口ぶりで海が聞く。

「どうだっていいだろ。くだらない話だ」

「そのくだらない話、聞いてみたいんだけどな。あ、すいませーん」

 そう言ってウエイトレスに手を上げ、海がサンドイッチとアイスティーのお代わりを頼んだ。

「大地は何にする?」

「あのなぁ……この状況でよく食えるな」

「だってお腹が空いてたんだもん。今日はずっと緊張してて、朝から何も食べてなかったし」

「……俺もサンドイッチ、お願いします。あとホットと」

 注文を済ませると、大地は居心地悪そうに座り直し、またため息をついた。

「さっきから気になってたんだけど、大地、ため息多くない?」

「余計なお世話だ、ため息ぐらい好きに吐かせろ。と言うか、誰のせいだと思ってるんだよ」

「言いたいことは分かるけど、でもそれ、やめた方がいいよ。幸せが逃げてくし」

「だから死のうとしてるんだよ」

「違いない、あはははっ」

 屈託のない海の笑顔に、大地が再びため息をつく。

「ほらまたー。こっちまで気が滅入るから控えてよね。あ、サンドイッチサンドイッチ。いただきまーす」

 塩を少し振りかけ、サンドイッチを頬張る。

「これおいしい! ほら、大地も食べてみなさいよ」

「いやいや、自分で作った訳でもないのに、何だよそのドヤ顔は」

「いいから食べてみなさいって。あーほんと、この一口の為に生きてるわー」

「死のうとしてたやつのセリフじゃないな」

 そう言いつつ、大地もサンドイッチに手をつけた。

「それでさっきの話に戻るけど、大地はどうして死のうとしてるの?」

「まだ生きてたのかよ、その話。どうだっていいだろ」

「まあそうなんだけどね。でもほら、折角こうして一緒にご飯食べてる訳だし。話題作りよ」

「話題って、飯食いながらする話じゃないだろ」

「でも私たちにとって、ある意味一番大切な話でしょ?」

 そう言って微笑む。

 どうも俺、こいつの笑顔に弱いな。そう思い、大地が両手を上げた。

「別に大した理由じゃない。何となく、生きてくのが面倒くさくなっただけだ」

「それだけの理由で電車に飛び込もうとしたの? やるわね」

「ほっとけ。で、海はどうなんだよ。さぞかし立派な理由があるんだろうな」

「あるある勿論、あははははははっ」

「なんでそこで笑うんだよ。それで? 何が理由だ?」

 大地の言葉に、海が小さく咳払いをした。

「ついこの前、恋人に死なれたの」

「……」

「好きで好きで仕方なかった人。すっごく優しかった人。結婚しようって約束してたんだけど、一年前に病気で入院して」

「分かった、もういい」

「そう? 大地が聞きたいなら私、別に構わないよ」

「大体分かったから」

「そっか。優しいんだね」

「優しいとか、そういうのじゃないから。他人が深入りしていい話じゃないって思っただけだ。分かったようなこと言われても、腹立つだけだしな」

「やっぱ優しい、ふふっ」

「要するに海は、好きな男に先立たれて、その辛さが耐えられなくて死のうとしたと」

「うん、そう。裕司〈ゆうじ〉って言うんだけどね、先週49日が終わって区切りがついたから、後を追おうって思ったの」

「そうか」

「中々の理由でしょ?」

 そう言って微笑む。

 その笑みを浮かべるまでに、こいつがどれだけ涙を流したのかは想像がつく。

 だから思った。

 笑ってんじゃねえよ、強がってんじゃねえよ、と。

「いつ死のうか、ずっと考えてたの。この世界にとどまっても、もうあの人はいない。裕司は私にとって全てだった。だから、ね、分かるでしょ」

「ああ」

「でも私、臆病だから。手首を切ろうとしても出来なかった。どれぐらい痛いのかな、そう思ったら手が動かなかった。他にも色々試してみたんだけど、痛いな、怖いなって気持ちが強くて実行出来なかったの」

「にしては飛び込みだなんて、中々にヘビーな選択したんだな」

「怖いのは本当だよ? でもほら、ニュースでよく出てるじゃない。これだけたくさんの人が飛び込んでるんだから、きっとそんなに痛くないし、確実に死ねる方法なんだろうなって思ったの」

「いやいや、その結論おかしいから。大体飛び込んだら楽に死ねるだなんて、どうして分かるんだ。死んだやつから聞いてみたのかよ」

「確かに……でもほら、成功率は高いんじゃない?」

「知らねえよ」

「そっか……でもね、電車に飛び込むって決めてから、やっと実行に移す心構えが出来たの。後はどの駅で飛び込むか。最近ホームにドアが設置されてる駅が多いじゃない? あれだと乗り越えるのも一苦労だし、うまくいくかどうかも分からない。それであの駅を見つけたの。あの駅、ドアの設置は来年って言ってたから、今しかないと思って」

「まあ確かに、ドアがないからあそこを選んだのは、俺も同じだからな」

「でしょ? それでようやく決心がついて、仲のいい友達とも最後に会って、思い出も作って。これでもう思い残すことはない、そう思って今日あの駅に行ったの」

「で、飛び込もうと思ったら、俺が先に動いたって訳か」

「そう! そうなのよ!」

 口をとがらせ腕を組む。

「おかげで失敗……はあ、本当なら今頃、向こうで裕司に会えてたはずなのに……どうしてくれるのよ!」

「俺だって同じだよ。お前のおかげで予定が滅茶苦茶だ」

「私だって……もうあの駅では飛び込めない。多分駅員さんに覚えられたし、しばらく行くことは出来なくなった」

「だな。何か別の方法を考えないとな」

「方法もだけど、覚悟の方が重要なんだって」

「覚悟? どういうことだ」

「どういうって……そりゃそうでしょ。電車に飛び込んで死ぬなんて決心、そうそう出来るものじゃないでしょ。これからしばらく、飛び込む瞬間を思い出して眠れない日が続く、そう思うと憂鬱だよ」

「そんなもんかね」

「大地はどうなのよ。折角の覚悟が失敗に終わって、またすぐ死ぬことは出来るの?」

「俺は別に、覚悟なんてしてなかったからな。何となく今日、死のうって思っただけだから」

「何よそれ。でもそれなら尚更、腹が立ってきたわ」

「逆恨みも甚〈はなは〉だしいな」

「黙りなさい。いい? 私の覚悟を邪魔したのは大地なんだからね、責任取りなさい」

「責任って。何してほしいんだよ」

「とりあえず私が死ぬまで、大地の家に住ませてちょうだい」

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    「素敵……」 海が目を輝かせた。「素敵かどうかは知らないけど、そうして青空姉〈そらねえ〉は無事、社会復帰を果たした」「大地はいつからとまりぎに?」「俺はかなり後になってからだ。まあそれまでも、ちょくちょくヘルプで入ってたけどな」「そうなんだ……そして青空〈そら〉さんは、浩正〈ひろまさ〉さんに告白されて」「いや、告白は青空姉〈そらねえ〉からだ」「そうなの?」「ああ。それも電光石火だったぞ。いつしたと思う?」「いつって、それはやっぱり相手のことを知ってからになるから……半年後ぐらい?」「出会ったその日だ」「ええええっ?」「あの日、家に浩正さんを連れてきて。仕事の話を色々聞かされて、青空姉〈そらねえ〉は益々やる気になってた。まあ、その前にもう決めてたみたいなんだけどな。それで一緒に酒飲んでる時に、俺の目の前で告白しやがった」「……ほんと青空〈そら〉さん、アグレッシブだね」「いやいや、そんないいものじゃないから。弟の目の前で告白する女なんて、聞いたことないぞ」「それで浩正さん、オッケーしたの?」「ああ。それにもびっくりしたけどな」「何と言うかほんと、面白い人たちね」「変わり者ってだけだよ」 そう言って苦笑し、新しいビールを冷蔵庫から取り出した。「それで半年後、青空姉〈そらねえ〉は浩正さんの家に転がり込んでいった」「同棲ってこと?」「ああ。それまで何度も泊まりに行ってたからな、時間の問題だと思ってたよ」「そうなんだ」「もう大地は大丈夫、そう言って笑いながら出て行きやがった」 そう言って笑う大地を見て、こんな笑顔も見せるんだ、そう海が思った。 そして同時に。 胸が高鳴るのを感じた。「青空姉〈そらねえ

  • 青空と海と大地ーそらとうみとだいちー   030 ちっぽけな自分にさよならを

    「それで? 何があったのか、聞かせてもらえますか」 警官の問い掛けに、浩正〈ひろまさ〉が状況を説明する。 穏やかに、淡々と。 青空〈そら〉は男に手をつかまれた時、いわゆるフラッシュバックが起きていた。もう一人の警官が肩に手をやると叫び声を上げ、過呼吸状態に陥った。 一通りの説明を済ませた浩正がジャケットを脱ぎ、青空〈そら〉の肩にかける。そして、「落ち着いて、ゆっくり息をしてみてください。大丈夫、もう怖くないですよ」 そう言って微笑んだ。 そして鞄からコンビニの袋を取り出し、青空〈そら〉に差し出した。 青空〈そら〉は袋を受け取ると口をつけ、浩正の言う通りゆっくりと息をした。 そうしてる内に震えが収まり、袋を外すと、「……もう大丈夫です。ありがとうございました」そう言って袋を返した。 浩正が笑って「今日の記念にどうぞ」と言うと、「何それ、ふふっ」と笑顔を見せた。「ええっと、落ち着いたところ恐縮ですが……大体の事情は分かりました。こういう場所ですから、次からは気を付けてください、と言いたいところなんですが……君、歳はいくつかな」 若い方の警官が青空〈そら〉に聞いた。 青空〈そら〉は見るからに面倒臭そうな表情を浮かべ、大きなため息をついた。「君、未成年だよね。未成年がこんな時間、こんな場所で何してるんだ? それに君、飲酒喫煙もしてるようだけど」「私、23歳なんですけど」 青空〈そら〉が吐き捨てるように答える。その言葉に、若い警官は呆気にとられた表情の後、苦笑した。「どう見ても君、中学生じゃないか。身分を証明するものは?」「持ってません」「なら親御さんに連絡を。連絡先は?」「親はいませんよ。生きてるかもしれないけど、はてさてどこにいるのやら」「君、ふざけた言い方はやめなさい」「ふざけてなんかいませんよ。本当のことですから」「嘘

  • 青空と海と大地ーそらとうみとだいちー   029 出会い

     その日、青空〈そら〉は繁華街にいた。 大地が高校を卒業してから、何となく家に居辛くなっていた。 どこで働いても長続きしない。華奢な体と眼帯のおかげで、周囲とうまく馴染めなかった。それでも頑張れていたのは、大地がいたからだった。 父親に殴られ、母親に罵倒され。姉である自分だけが頼りで、いつも後をついてきた大地。そんな大地のことが愛おしかった。もし自分が見捨てれば、大地は生きていけないだろう、ずっとそう思っていた。 そう思っていたのに。成長した大地はいつの間にか、自分より社会に順応出来るようになっていた。 頭もよく、家でいつも資格の勉強をしている。そんな弟に対し、青空〈そら〉は強烈な劣等感を持つようになっていった。「青空姉〈そらねえ〉、今までありがとな。これからは俺が青空姉〈そらねえ〉を守るから」 そう言った大地を直視出来なかった。 悪気がないのは分かってる。心からそう思っていることも理解していた。 しかしその時の青空〈そら〉は、お前の役目は終わったんだよ、そう言われたような気がしていた。 事実、あっさりと自分の稼ぎを越えられてしまい、青空〈そら〉の自尊心は音を立てて崩れていった。 私にはもう価値がないのだろうか。そんな自虐的な思考にさいなまれ、いつしか青空〈そら〉は働く意欲をなくしていった。 そんな青空〈そら〉に対し、大地は愚痴のひとつもこぼさなかった。それがまた、青空〈そら〉を苦しめた。 一緒にいると息苦しくなり、大地が帰宅する頃を見計らって、こうして夜の街を徘徊する。そんな日々が続いていた。 その日も適当な場所に座り煙草に火をつけると、家から持ってきた缶ビールを開けて飲みだした。 * * *「お嬢ちゃんお嬢ちゃん、こんな時間に何してるの?」 またか……そう思い顔を上げると、男が二人、自分を見降ろしていた。 茶髪と黒髪。見た感じ、大学生と言ったところか。「何か用?」 容姿に不似合いな大人びた物言いに、

  • 青空と海と大地ーそらとうみとだいちー   028 理不尽な世界

     自分の中で、何かが変わろうとしている。 その事実に戸惑い、海は首を振った。「とにかく……私はまだ死なない。矛盾だらけだって分かってる。でも私は、この偶然の出会いを大切にしたい。例えそれが、人生最後に見てる夢だとしても」「……そうか」「だから大地、聞かせてくれる?」「ああ、構わない。じゃあ風呂に入ってから話すか」「うん」 海の中で、様々な葛藤がうごめいているのが分かる。しかしそれは、決して悪いことではないんだと大地は思った。 こうやって人と出会い、人の人生に触れて。 絶望が希望に変わっていくのも悪くない。 お前ならまだやり直せる。 その一助になると言うなら、もうしばらく付き合ってやるよ。そう思った。 * * *「青空姉〈そらねえ〉の高校卒業と同時に、俺たちは施設を出た」「その頃の大地って、まだ中学生よね」「ああ、中二だった。だから働くことも出来ない。青空姉〈そらねえ〉はそんな俺を引き取って、面倒をみてくれた。 と言っても青空姉〈そらねえ〉、あの見てくれだ。正規で雇ってくれるところはなかった。だから色んなバイトを掛け持ちして、生きる為の金を生み出してくれた。そんな青空姉〈そらねえ〉の力になりたくて、俺は青空姉〈そらねえ〉名義でよく内職をやってた。あと家事と」「……」「青空姉〈そらねえ〉の作った料理は、正に殺人兵器だった。あれなら食材をそのまま食べた方がマシだった。とにかくなんだ、命の危険を感じた俺は、必死になって料理を覚えた」「なんか……ふふっ、想像したら笑っちゃうね」「笑いごとじゃねえよ。ああ、俺はもうすぐ死ぬんだな。でもまあ、青空姉〈そらねえ〉に殺されるなら悪くないか、そこまで覚悟を決めたんだからな」「……どんな料理だったのか、見てみたい気はするけど」

  • 青空と海と大地ーそらとうみとだいちー   027 揺れる心

    「青空姉〈そらねえ〉が結婚……浩正〈ひろまさ〉さん、あんな女相手によく決心したな」 夕飯時。そうつぶやいた大地に、海が間髪入れず突っ込んだ。「ちょっと大地、実の姉にその言い方はないんじゃない?」「え? ああすまん、声に出てたか」「思いっきりね。じゃなくて、出さなきゃいいって問題でもないでしょ」「ははっ、確かにそうだ」「でもよかったじゃない。仲良し姉弟としては、お姉さんの幸せは何よりでしょ」「確かにそうなんだが……でも青空姉〈そらねえ〉、ほんと家事が酷いからな。浩正さんには同情しかないよ」「そんなに?」「ああ、そんなにだ。まず料理が壊滅的だ。卵も割れない」「……マジで?」「マジだ」「でもほら、野菜を切るぐらいなら」「青空姉〈そらねえ〉が包丁握れると思うか?」「あ、そうだったね……ごめん」「謝らなくていいよ。特殊な青空姉〈そらねえ〉に問題があるんだから」「じゃあ、大地が料理得意なのって」「ああ、青空姉〈そらねえ〉と暮らすようになってからだ。でないと二人共餓死してしまうからな、ある意味命がけで覚えたよ」「その辺の話、聞いてみたいって言ったら怒る?」「別に。隠してる訳でもないしな」「じゃあ聞かせてほしい。あと出来れば、浩正さんとの出会いとかも」「そんなの聞いてどうするんだよ。好奇心か?」「それもあるんだけど……あのね、前に大地から話を聞いて。そして青空〈そら〉さんと話して思ったの。本当に私は恵まれてたんだなって」「いいことじゃないか。わざわざ悪い環境に身を置く必要もないだろ」「そうなんだけど、ね……大地たちと出会ったことで、私の中で何かが変わろうとしてるの。それが知りたいって言うか」

  • 青空と海と大地ーそらとうみとだいちー   026 未来の扉

     青空〈そら〉の結婚宣言に、大地が固まった。「おーい、生きてるかー」 そう言って肩を叩かれ、我に帰る。「……」 青空姉〈そらねえ〉、今なんて言った?  結婚?  なんで急に?  と言うか、なんで今?  そんな思いが脳内を巡り、混乱した。「いやいやいやいや、待て待て待て待て。なんでいきなり、そういう話になってるんだよ」「あははははははっ、大地テンパリすぎ」「笑ってんじゃねーよ。ちゃんと説明しろ。大体浩正〈ひろまさ〉さんの了承はとれてるのかよ」「勿論です。僕はずっと待ってましたからね、嬉しいですよ」 浩正が微笑む。「プロポーズしたのも、随分昔のことですし」「5年くらい前だっけ?」「はははっ、もうそんなになりますか」「と言うか青空姉〈そらねえ〉、一体何があったんだよ。訳分かんねえぞ」「あんただって、さっさと結婚しろって言ってたじゃない」「そうなんだけど……いやいや、俺が聞きたいのはそうじゃなくて」「お姉ちゃん……お嫁にいっちゃ、駄目?」「猫撫で声出してんじゃねーよ。締め落とすぞ」「分かった! 大地、お姉ちゃん取られて寂しいんだ!」「んな訳ねーだろ。歳考えろ」「あははははははっ、可愛いなー、私の弟はー」 青空〈そら〉に抱きしめられ、赤面した大地が慌てて離れる。「とにかくその……本当なんだな」「祝ってくれる?」「勿論だ。まあ、青空姉〈そらねえ〉に嫁が務まるか不安だけどな」「それは大丈夫。浩正くんの家事スキル、無敵だから」「いやいやいやいや、青空姉〈そらねえ〉がしろよ」 そう言って苦笑し、照れくさそうに浩正に頭を下げる。「浩正さん。こんな姉ですけど、どうかよろしくお願いします」「こちらこそ。今日まで青空〈そら〉さんを守ってくれて、ありがとうございまし

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